ヘタリアlog本書きおろしの短い漫画より。
ショタ軍人のギルベルトと敵同盟国の要人、菊。
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***
見渡す限りの灰色の空は故郷のうつくしい景色とは似ても似つかず、この地が遠く離れた異国であると痛感させられる。
風に乗って強く匂う火薬と煙でみっともなくむせるのに耐え、じっと静かに菊は佇んでいた。
いつの間にかこちらの作戦が漏れたのか、四方を敵に囲まれかく乱するため護衛の兵と共に捨て身の特攻をかけた。鉛球に撃たれ無様に沈むとばかりに思っていたが、いまだその時は訪れず地に両足をついている。
銃を構えた敵兵の間から長髪の人物がこちらへと近寄る。軍服に乱れもなく、まとう雰囲気からこの男がこの場の上官であるとわかった。
「武器を捨て投降を」
人種も違えば文化も言語も全く異なる異国語であるはずの故郷の言葉が菊の耳に届く。周囲の護衛の気配がわずかにざわついた。
目的は達した。だが、故郷ではないこの場所で華々しく散るには少しばかり遅すぎた。
腰に携えていた刀を鞘ごと抜き、長髪の男へと差し出す。
「その獣の耳は豊葦原の神族で間違いないな」
この大国とは大海を隔てて遠い地にある島原の、豊葦原稲穂の国の神族(皇族)は神の血を継ぎ、獣耳と尾を持つ。
あまりに神秘でいて作り話のように途方もない一族のことを他国で知る者は少ない。彼は恐らく豊葦原が鎖国をする前に訪れていたのだろう。
「本家ではありません。姓を本田、名は菊」
「君は私と共に来てもらうが、他の兵士は捕虜として丁重に扱うことを約束しよう」
「…ご深慮痛み入る」
男に背を向け、泥と血で汚れた己の兵たちを見渡す。菊が小さくうなずけば、彼らは武器を静かに下ろしていった。
「私は平気です。皆、早まらぬように。良いですね」
同盟国の増援として派遣されたが形式上のものですぐに帰国する予定であった。刻一刻と目まぐるしく変わる戦場で、判断を誤った自軍の指揮官―本家の者を逃がすために殿を務め殉職。
そうであれば本国で少しはこの身も役に立ったと言われただろうか。狐の姿の男児として生まれてしまったこの身は、特殊な性質のために一族から忌み嫌われて生きてきた。死に場所を求めて軍に身を置いていたわけではないが、特段生きる意味も見いだせないでいた。
もう一度灰色の空を仰ぎ、促されるまま長髪の男の後ろをつく。用意された軍用車両に乗り込み敗した戦場を後にした。
小高い丘を抜け、鬱蒼と立ちはだかる木々の合間を車は縫うように走り続けると少しばかり開けた場所へとたどり着く。
これまで見てきた鮮やかな瓦とは違う黒の屋根と白い壁の家々はどこか故郷の家屋を思い出させた。車は川を渡り、やがて山麓に近づいていくと灰色の大きな建物が見える。似通う車や軍人がひしめくこの建物が彼らの拠点地だろう。
『…時間が悪いな。昼寝の真っただ中だ』
車を降り腕時計を見てぽつりと長髪の男が言ったが、西方の国の言葉はあいにくと少ししか意味がわからず男へ視線をやる。ただの独り言の用であったのか、男は何でもないと言う様にかぶりを振り建物へと入っていった。
暫く奥へと進み、屋敷の最奥の部屋の扉の前で立ち止まる。男は後ろを振り向き、菊がいるかの確認をしてから扉を叩いた。
『クラウスだ。入るぞ』
数回のノックの後、返事もないまま扉を開ける。瞬間、菊をめがけて投げつけられたモノが、ぶつかる直前に真っ二つに裂けて床へと転がった。
「…申し訳ありません。あとで何かお詫びを―」
「構わん。支給品だ。それよりも非礼を詫びなければ」
投げられたものは綿を詰めた枕のようだったが、反射で菊の爪により引き裂かれ無残に落ちている。
『おい!昼寝中は呼び起こすなという命令がきけ…なんだ。叔父貴かよ』
『御所望の方をお連れしたんだがな。その態度であればこちらで預かるが?』
部屋の中央、応接用に設置されたソファーに寝ていた人物を見て一瞬、息が止まる。
白磁の肌と白銀の髪に柘榴の瞳を持つ少年が、不機嫌そうに眉をしかめて座っていた。午後の日差しが淡く差し込み少年の周囲がきらきらと輝いている。
「…きれい」
思わずこぼれた言葉は本心だった。
ソファーの背にかけていた軍服を羽織り、少年が近づく。幼さを残しながらも不釣り合いな、大人びた表情がこの少年を人ではなくどこか神の使いのように思えた。
『あー…ゴメンナサイ。で、で?』
『…まぁいい。本隊は逃げられたが思わぬ収穫を得た。豊葦原稲穂の国の神族だ。我々で言うなら王族の分家か』
『ふーん…後で詳しく報告きくぜ。それにしても本当にいるんだな! 獣の耳と尻尾を持つ人間!』
怒声の次は喜色を含んだ言葉とくるくると変わる表情に圧倒される。菊の頭の先を見ていることから獣耳が珍しいのだろうと辺りを付け、彼が届くよう膝をつく。隣にいた気配がわずかに動くが、それに構わず触れやすいよう頭を向けた。
『お、おおー! ダンケ! ふっわふわだぜー!!』
最初は恐る恐る耳の先を触っていたがすぐに慣れたのか獣耳全体をその小さな手で撫でられる。子供の体温は高いのか触れる指からじんわりと温度が耳に伝わり、強張っていた身体が解けていった。
「しばらくこの屋敷で我々と過ごしてもらう。あとで屋敷内を案内しよう」
「…ありがとうございます」
一通り撫でまわし満足したのか、もういいぞとばかりに少年が一歩下がり顎を上げた。
「認識票を付けるわけにはいかないが、余計な火種の防止と虫よけに悪いがピアスを付けさせてもらいたい。耳に穴を一か所、頼めるか?」
「かまいませんよ。お好きに扱いください」
本来であれば立場が上であるはずの菊の従順な態度に男は何か言いたそうに顔をしかめるが、すぐに直り少年へ通訳する。
あの戦場の様子では菊は殉死したと本国へ伝えられるだろう。この戦の終わりがいつ頃になるか不明だが、彼らから用済みと言われるまでは余生として大人しく過ごし、必要無くなれば最期に彼を一目見て去るのもいいかも知れないと菊は思った。
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