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「ギルベルトの余裕のない顔が見てみたいんです」

むせ返るような暑さの日々も徐々に和らぎ、穏やかに秋に近づき始めたある日のお茶会でぽつりとこぼれた言葉にエリザベータは己の主を見上げた。
「…え? 菊様、それは…」
「…あ! いえ! その、そういう意味ではなく…」
その言葉がどういうふうに捉えられたか察した菊の顔が瞬時に真っ赤に染まった。
「あー、まぁ…あいつ基本的に無表情ですからね…」
その真っ赤な顔があまりにかわいく…いや申し訳なく、言葉を返す。主についつい不埒な思考を働かせてしまう己の行動を少々改めねばならない。
この国の第十三王子、菊を守る護衛部隊の隊長、ギルベルト・バイルシュミット。泣く子も黙るどころか屈強な騎士すらその顔を見れば青ざめる。冷酷無慈悲と言われた元王国騎士団長でバイルシュミット公爵家の次男。運命の子の中でも希少な『銀の子』。そして目の前の小さな主の恋人だ。
「エリザベータやローデリヒならば表情の変化もわかるでしょう? それがちょっと羨ましいのもあります」
私は主としてはまだまだですねぇ。とふわりと微笑むその顔はとても齢十六とは思えぬほどに達観している。
「でも、菊様といるときはだいたいあいつ、百面相してますよ」
「? そうなんですか?」
今は鈍い琥珀色の瞳を大きく瞬かせ小さく首を傾げる様は年相応、いやそれ以上に幼い。成る程これはひと目見たら守りたくなる者が続出するのもうなずける。うちの主可愛い。今年の護衛騎士採用試験は例年の数倍にも跳ね上がっていたな、と一人納得していれば視界の端の扉が目に写った。
「うーん…灯台下暗しといいますか…そうですね、菊様ちょっと…」
内緒話をするようにちょいちょいと手招きすれば可愛い主はすんなりと自分の横に移動する。
「菊様にだけ、効果がある言葉があります」
「私だけ…」
「そうです。眠る前にこう言えば良いんです」
真剣な眼差しの主にそっと耳打ちすれば徐々にその顔が再び赤く染まる。
「え、エリザベータ? 私に一体何をさせる気で…うわっ!」
その場面を想像してしまったのか羞恥で首まで真っ赤にした主が視界から外れる。
替わりに現れたのは己と同じ漆黒の軍服に身を包んだ銀色の人物。
「エリザベータ、何吹き込んでやがる」
「別にあんたに利害があることは何も言ってないわよ。それよりあんたの大事な恋人に今のその顔見せてやりなさいよ。きっと喜ぶわよ」
「はぁ?」
「え? え? いまギルベルトどんな顔しているんですか?! ちょっと下ろしてください!」
ものすごい形相でこちらを睨んでいたかと思えば今度は頭に疑問符が乗ったような困惑顔に変わり、肩に担いでいる主をちらりと見つめる。
「…どういうことだ」
「まぁまぁ、今夜は楽しみにしてなさいってね。ねぇ菊様?」
エリザベータの言葉にジタバタと暴れていた身体がピタリと動きを止めた。
「うぅ…私の心臓のほうが持ちません」
「対価を得るには多少なりとも代償が必要ですよ。菊様頑張ってください」
その後の代償のほうが大きくなりそうだ、とは言わずニッコリと微笑むとギルベルトは小さくため息一つこぼしそのまま去っていく。
ああ、これは今からだわ…と先程決意したばかりのことを破ってしまうが仕方がない。自分の周りが楽しいのがいけない。
広くなった部屋で一人楽しく今日の日記の内容を固めていれば控えめに扉が開かれた。
「遅れてしまいましたね。おや…? ギルベルトが向かったはずですが。菊の姿もありませんね」
穏やかで落ち着いた声がまるで心地よい音のように紡がれる。
「あ、ローデリヒさんいらっしゃい。菊様ならさっきギルベルトが連れ去っていきましたよ」
廊下ですれ違わなかったのならば二人が向かう先は一つしか無い。この館の一番奥。我らが主の寝室だ。
「そうですか…。なにか収穫でもあったんですか? エリザベータ、顔がほころんでいますよ」
定位置の席に腰を下ろしたローデリヒに、あたたかい珈琲を淹れていればなにかいたずらを見つけたように小さく笑う。口元のほくろが彼の上品さを際立たせているように思えた。
「ふふ…まぁいつものですよ。ローデリヒさん」
そう言って微笑み返した自分の顔はきっと”いつもの”笑顔なのだろう。
いつもの、を察したローデリヒがゆっくりと珈琲カップを傾ける。

二人から見れば私もきっと百面相になったのだろうな、とエリザベータは己の胸につぶやいた。

いつもの01いつもの02いつもの03いつもの04いつもの05
2018/09/16(日) 19:54 護衛騎士と主君 PERMALINK COM(0)
原稿が予定より遅れているのでしばらく更新が止まります。また息抜きに浮上したりお知らせがあれば更新します。
まともに連載のやつの更新ができてませんが…まぁのんびり…。

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2018/08/22(水) 08:34 護衛騎士と主君 PERMALINK COM(0)
 茹だるような暑さをもたらしていた太陽が隠れ、リリリと虫が鳴り始める。空が紺碧に染まりやがて真珠をちりばめたように煌めく星々と宵闇が訪れた。
 開け放たれた窓辺へ菊は掛けていた上着を落とさないようおさえて立つと、ふわりと風が舞った。僅かに水分を含んだ髪が風に煽られさらさらと揺れる。程良く冷えた風が風呂上がりの熱をはらんだ肌に気持ちがいい。
「あまり身体を冷やすな」
 少し掠れた独特の声が後ろからかかる。その声音がいつもより不機嫌そうな気がして菊は小さく微笑んだ。
 季節は夏。今、滞在しているこの地は避暑地として毎年訪れている場所である。各地で猛暑が続くとはいえここは夜になればそれなりに涼しくなるため、薄着で過ごし風邪をひかないよう心配しているのだろう。いつまでたっても自分の感情に不器用な表現しかできない彼へ思いが募る。けれど今はこの火照った身体を少しでも冷やさなければ。
「ええ。でも、こうして熱を逃がさないと貴方、嫌がるでしょう?」
「…は?」
「おや、無意識だったんですか? あがってすぐに寄ると嫌そうな顔するから。てっきりこの季節は暑くて隣によるのは嫌なのかと」
 窓の外から視線を移しギルベルトを見れば何か言いたそうに口を動かし、けれどなにも言わず思考する。珍しいこともあるものだ。流し目が動き菊の姿を捕らえるとその紅玉の色彩が深まった気がした。
「…こっちにこい」
「はいはい」
 有無を言わせない言葉と、無表情の奥に隠れる感情を菊は違わず理解する。開け放った窓はそのままにゆっくりとギルベルトの元へ歩む。目の前へ辿り着けば腕を取られその逞しく鍛えられた身体へと閉じこめられてしまった。
「お前は王妃の血が濃いだろう。極東の人間は体臭が殆どしない。お前もだ」
 プロイツェン王国は周辺国よりも僅かにその歴史が短い。前王国はこの地に古くから禁忌とされていた『運命の子』を王にしたために滅んだと記され、それ故に前王家の分家――今の王族――は王族貴族に産まれた『運命の子』を丁重に扱うことを第一にしていた。『運命の子』からもたらされるという祝福を対価にという考えもある。だがそのお陰か、過去幾度と戦渦と飢饉を迎えようとも国が支配され傾くことはなかった。どの代の王も子宝に恵まれ時に疫病で危機を迎えたがこうして繋いでいる。
 菊の父親である現国王は戦渦が落ち着いた今、国の繋がりを強固とするため遙か海の向こうに独自の文化と歴史を持つ極東の王族を迎えた。土地が違えば食文化も違う。人種や風習も異なるために元々虚弱だった王妃は菊を産んですぐにこの世から去ってしまい菊もまた心臓が弱く、幼少の頃は周りを心配させていたが成長するに連れそれもなくなっていた。
 銀の頭が寄せられる。唇が鎖骨をかすめ、その高い鼻が首へ擦り寄せられると肌で感じるくすぐったさに僅かに身じろぐ。いつもとは異なる下からのぞき込むような姿勢と眼差しが甘えているように思えて唇がほころんだ。それを見つめていた赤い瞳が僅かに細められると、潜んでいた色が増す。
「風呂上がりの上昇した体温と纏う匂い。抱いてる時と同じもんが横からしてみろ」
「…それは、ええっと」
「反応するだろうが」
「…はい」
 光りの下で白金に煌めく銀糸と希有な紅玉の輝きを持つ瞳。長い鼻が絶妙なバランスで配置された美しい容貌がはたから見れば無表情で欲を紡ぐ。けれど産まれてからずっと共に過ごしてきた菊はその奥に隠れる感情を今度こそ正確に読みとった。
 厳しい訓練と長い軍役で作り出された筋肉から無駄なく構成された逞しい肉体。誰もがうらやむであうその身体に菊の未だ成長途中の細い身体が囲まれる。距離を置こうと身じろぎしても僅かに動くだけでいつの間にかまわされていた腕に互いの身体が密着する。夜風で冷やした身体へじわりと熱が伝わる。
「愛する奴が良い匂いさせながら素知らぬ顔で隣にいる」 
「え? え? ギルどうしちゃったんですか? お風呂で頭ぶつけちゃったんですか?」
「正直抱きてぇ。毎日な」
「……」
 常に口数が少なく、菊よりも一回り以上歳を重ねた伴侶が何でもない顔でさらりと情欲を欲する。
「我慢している俺を誉めろよ?菊」
 まるで小さな子供が強請るように甘く囁き、薄い唇がニヤリと笑う。いつまでも言われっぱなしでは主としての誇りに関わる。周囲からはおっとりとして静かな性格だと言われている菊は、その内に高い自尊心と熱情を持っていた。
「…不可抗力です。お風呂はやめられませんし。でも――」
 日に焼けぬ薄いバター色のこの身体は彼曰く”肌に吸いつくようにしっとりとして甘い”。その細い腕を目の前の太い首に回し力を込める。互いの鼻がかすめるほどに近く、どちらともない熱い息が触れた。
「毎日は、我慢しなくて良いですよ? ギル――」
 愛しい人の名前は最後まで紡がれることなく深く重ねられた唇の奥へと消えた。
 熱く、長い時間が今夜も訪れる。

熱帯夜01熱帯夜02熱帯夜03熱帯夜04熱帯夜05
2018/08/05(日) 09:25 護衛騎士と主君 PERMALINK COM(0)
 使用人に案内された庭園は古城の中でも修復が殆どされておらず、アーチ状の窓枠が連なる石造りの壁に蔦や苔で彩られていた。丁度フランシスが立っている入り口には木香薔薇やクレマチスがつたい、脇にはユーフォルビアとゲラニウムなどの草花が庭園を訪れる者を歓迎するかのように花を咲かせている。
 建物の隙間から届く日差しをうけ青々と輝く芝生と石畳がひかれた中央には休憩用にベンチと小さなテーブルが庭園の外観を崩さないようひっそりと置かれまるで時を止めてしまったかのような静寂に包まれる。
 木々のざわめきと鳥の鳴き声に混じり聞こえた歌声にフランシスは脚を踏み出すが使用人が肩を叩き制止する。口元に人差し指をたて"静かに"と、ウインクひとつの合図。今度は気配を消しゆっくりとその中央へと歩き出した。
 歌声が段々はっきりと聞こえてくる。低く、男性のものだ。その歌はゆったりとしたバラードのようで声音から相手への愛おしさが肌へ伝わってくる。自分の知る人物のあまりにも意外なことへの驚きのあまり鼓動が早く、緊張で額には汗までも浮かんでいた。ベンチを覆う草木の影に隠れていた銀髪をその瞳に映した瞬間、息が止まる。
「…俺はまるで夢か幻を見ているかのようだよ」
 陽気な挨拶も、かけようとした言葉も出てこず絞り出せたのはたったそれだけ。何度瞬きしても消えない幻にフランシスは苦笑う。
「久しぶりだな、ギルベルト。噂を聞いて来てみればお前、いつのまに騎士から聖母に転職したんだ?」
 銀髪の美丈夫がもっと幼い頃。やんちゃ小僧だった頃の笑い顔や、あの日から冷徹無慈悲と恐れられた無表情でもなく、先程までまるで絵画に描かれた聖母のような微笑みをしていた友人に目を細める。
 フランシスの言葉にギルベルトは何も返さず、止めていた身体をゆっくりと揺らし赤ん坊をあやし始めた。やがてフランシスの目の前に立つとギルベルトは目線を確認するように赤ん坊からフランシスへと移す。赤い瞳を見つめていた金の瞳が釣られるようにフランシスを見つめるとギルベルトの腕に大切に抱かれた赤ん坊が笑った。


「合格だとよ、良かったな。フラン」
「え?何、いつの間にお兄さん試されてたの?!というかお兄さんの美しさなら当然だよね?」


光の庭01光の庭02
2018/08/03(金) 04:59 護衛騎士と主君 PERMALINK COM(0)
「マンネリってしないの?」
 菊様と。
 ローテーブルをはさみ目の前に座る人物の言葉に自分の隣りが激しく動揺した。
「ゲホゲホッ!!」
「あ、ああ!!ローデリヒさん大丈夫ですか!」
 爆弾発言を告げた人間が腰を上げて尚も咽るローデリヒを心配する。いつもなら無視をするか馬鹿馬鹿しいと鼻で笑うが今は呆れよりも”なぜそんな事がわからないのか”という疑問のほうがまさった。
「…長い人生の中、好物をたった数十回食べただけでお前は飽きるのか?」
 エリザベータが質問をしておいて自分の回答を期待しないのはいつものことで。今回も真相は気になるけれど回答は気にせずただぽつりとこぼしたものだったのだろう。自分が返した言葉に間抜けな言葉とともに意表を突かれたアホ面をこちらに向けた。
「あー…まぁ…成る程。好きな食べ物ね。食べ物ときたか…いやたしかに食べるという表現はある意味正しいわね」
 いまだ咳き込むローデリヒの傍に膝をつきその背中をさすりながら一人ぶつぶつと納得をする。
 グラスに残る琥珀の液体を一気に流し込み空にする。どうせこれからまともな会話はしないだろうとソファから立ち上がり部屋から出ようとすれば扉の前で声がかかった。
「酔ってるんだからさっさと寝なさいよ」
 その言葉にハンドルを掴む手を止め振り返る。
「酒に酔ったことはねぇ。一度もな…酔うのはこれからだ」
 後ろにいる二人にそれだけ告げて部屋を出る。控えめに明かりが灯された廊下をいつもよりゆっくりと歩み己の寝室へと向かった。
「マンネリ、か…今日はどうしてやろうかとあれこれ悩む時の方が多いんだがな」
 飽きる。満足する。その程度の価値しかないものならば早々に捨てているしこんなにも執着することはないだろう。世界に色と光を与え、いつでも自分を楽しませるあの存在を手放す日などこの先も訪れはしない。

「…惚気とか。何あのニヤつき顔!!」

マンネリ01マンネリ02
2018/07/27(金) 23:23 護衛騎士と主君 PERMALINK COM(0)
護衛騎士と主君/第一節「絶望と出会いと」続き
***

「まったく本当に信じられないわ!!私たちに何の相談もなく騎士団長をいきなり辞めるなんて、あの馬鹿!!」
 美しく磨かれた調度品が並べられている廊下を軍服に身を包んだ女性が憤怒の形相を隠さず歩いていく。
「・・・エリザベータ、静かになさい。お上品ではありませんよ」
 その女性に引き離されつつもゆっくりとした歩みを崩さず眼鏡をかけた男が声かけると、前を歩いていた女性ーエリザベータは立ち止まりくるりと振り返った。
「ローデリヒさんは何とも思わないんですか?!」
「私も思うところは大いにあります。ですからこうして貴方と一緒にあのお馬鹿さんの屋敷にきているのではありませんか」
「あの無表情面に一発、ぶん殴ってやります!!」
 エリザベータの言葉に二人を案内していた使用人がびくり、と身を震わせる。
「・・・程々に。お上品にお願いします」
 程なくしてたどり着いた部屋の前で使用人は軽く会釈をしてその場を離れ、エリザベータが扉を三度叩いた。
「・・・入れ」
 重厚な扉一枚隔てた向こうから予想していたとおりの感情のない返事に、エリザベータは勢いよく扉を開け中へ入ると右腕を大きく振りかぶりながら目標へと駆けた。
「このお馬鹿さん!あんた一体なに考え・・・て・・・?」
 そして予想しない光景に右手をあげたままエリザベータが硬直する。
「・・・ええええええっ!?」
「黙れ。菊様の耳が腐る」
 目の前には自分たちの幼なじみであるギルベルトが無表情を貼り付けた”いつも”の顔のまま赤子を抱いて揺れていた。エリザベートの叫び声に赤子ではなくギルベルトの眉間に皺が寄る。
「はぁ?ちょっと??赤ん坊!?・・・え?あ、衝撃のあまりローデリヒさん呼吸が止まってる!!」
 信じられない光景を前に己の見間違えではないか、ローデリヒを伺えば彼は扉から数歩部屋に入った場所で身体を硬直していた。エリザベータが慌てて側に寄り手をかざしても反応がなく、少しの逡巡のあとローデリヒの腹を殴る。
「げほっ・・・エリザベータ、貴方も淑女なら・・・もう少し加減というものを・・・」
「す、すみません。ローデリヒさん!」
 端から見れば何かの演芸のように見える光景に、ギルベルトは穏やかな時間が騒々しく変わることにため息をついた。


 来客用のテーブルへローデリヒとエリザベータが席に着くと使用人がワゴンを引いてやってくる。目の前に出された珈琲を一口飲みようやく落ち着きを取り戻したローデリヒが口を開いた。
「・・・それで、その赤子が貴方が突然騎士団を去った理由なのですか?」
 かちゃり、とゆっくりとカップを置きギルベルトの腕に抱かれた赤子を見つめる。目の前のこの幼なじみは小さい頃から騎士一筋で生きてきた。たとえ肉親を失おうとも、その顔から感情が消え失せようともただただ己の夢見た景色のためだけに歩んでいたはずだった。それが一ヶ月前に突然”都合により辞任”し自分たちの前から姿をぱたりと消した先がこれである。
「正確には団長の責務だけだ。騎士団には所属している」
「あんた結婚相手も恋人も居ないはずじゃ・・・まさか遊び相手にできちゃった子?!」
「・・・エリザベータ、少しお静かに。先ほどその赤子の名をおっしゃっていましたが、伺っても?」
 エリザベータの茶々にギルベルトがじとりと睨みつける。騎士団長時代やその前からもギルベルトは女遊びもなく体調管理(溜まったとき)以外は娼館へは行かなかったのをエリザベータもよく知っていたはずだ。バイルシュミット家の兄弟親戚で赤子がいたという話も聞いていない。ましてやエーデルシュタイン家とバイルシュミット家は親戚同士である。
 だがギルベルトが最初に呟いた赤子の名前に既視感を覚えていた。自分たちの名よりも短い名を極東国で聞くが最近、我が国で何度も耳にしているものと同じ名で。
「・・・第十三王子、菊様だ。正式な名はクリュザンテーメ。知っているだろう」
「・・・・・・」
 ギルベルトから語られた赤子の名に沈黙する。疑問が解消したと思えば新しい疑問が次から次へと出てきて思考はそれどころではない。ローデリヒの記憶が正しければ二ヶ月前に生まれたばかりの王子が何故ギルベルトと共にいるのか。口数の少ないギルベルトの言葉の中で与えられる情報を整理し推測する。
「南方男爵に目を付けられていた。あのまま古都にいれば殺されていただろうな」
 古都。ギルベルトが口にした場所は彼が一ヶ月前の視察任務での行き先であった。ならば菊王子とはそこで出会い「保護」したのか。南方男爵については色々と噂が絶えない下劣な人物だったのを記憶して、ギルベルトの彼らしからぬ行為に納得がいく。
「王は後継に興味も示さず、王妃も亡くなられて後ろ盾がない・・・まさか貴方がなるおつもりですか?」
「護衛騎士として傍に使える。それだけだ」
「護衛騎士・・・」
 果たしてこの状況を護衛と言えるのだろうか。端から見ればどこからどう見ても育児である。ギルベルトの突拍子がないところは昔から”こうなった”今も変わらず周りを悩ませる。ローデリヒはめまいを覚え手を当てため息をついた。
「すでに書類は提出し受理されている。何の問題もない
「問題大ありよっ!!」
 それまで自分たちの会話を黙って聞いていたエリザベータが叫ぶ。
「あんた、あんた何でっ・・・あんなに夢見た団長をこんなあっさり捨てるのよっ!!」
「・・・エリザベータ」
 ローデリヒの制止の言葉をそのままにエリザベータはその身に携える長剣を引き抜きギルベルトへと向ける。
「答えなさい。ギルベルト・バイルシュミット。生半可な理由だったらその首を落とすわ」
「・・・・・・」
 騎士に憧れていたギルベルトに巻き込まれるようにローデリヒとエリザベートも騎士となった。そのことに後悔はない。だが幼い頃にあんなにも目を輝かせ夢や騎士伝を語っていた”あの頃の彼”への思いは、目の前の赤子で全て消されて良いものではなかったのだ。
 睨みつけてくるエリザベータの目をギルベルトはまっすぐ見据える。
「・・・あの場所にはなにもなかった・・・なにも。人々の歓声は雑音で名誉も栄光もただの飾りでしかない。あの場所が映すものは、「なにもなかった」」
 そうしてギルベルトはゆっくりと目を閉じ、再び開いた瞼の先の赤子を穏やかに見つめた。
「・・・その赤子に貴方が求めていたものがあると?」
 ローデリヒの問いには答えずギルベルトは赤子の頬を指で触れる。ギルベルトの小指ほどにしかない手がしっかりとその指を掴むと、赤子は嬉しいのか言葉にならない声を漏らした。
 赤子を見つめるギルベルトの目が穏やかに細められているように見えて、彼がこの選択を選んで失ったものに未練がないことを悟った。ギルベルトの答えとその様子にエリザベータは剣を鞘に納め、天井を仰ぐ。
「・・・あんたってば、ほんと・・・本当に馬鹿で不器用だわ」 ぽつりと呟かれた言葉をギルベルトはただ静かに受け止める。
「いくら歴史長いバイルシュミット家でもそれだけでは心許ないでしょう。これから王位継承に名乗りを上げるのならば、なおさらーー」
「菊様をこの国の王にするつもりはない。それに瞳を見ろ」
 ギルベルトがローデリヒに近寄りその腕に抱く赤子をつついて瞳を開けさせれば、まばゆいばかりの黄金の瞳がギルベルト達を映した。
「金・・・色・・・うそ、金の子?!」
「・・・・・・なるほど。運命の子では王位継承権を持てませんか」
 この国に古くから伝わる逸話により王族・貴族に生まれた「運命(さだめ)の子」は国王やその家の当主に着くことはできない。幸か不幸か、末席に生まれたこの赤子が王位継承で争いに巻き込まれることはないだろう。だが「運命の子」として狙われることがないとも限らない。
「ギルベルト、エーデルシュタイン家も加わりましょう。由緒ある格式の高い我が家ならば文句を言うお馬鹿さんはいませんでしょうし」
「ローデリヒさん本気ですかっ!?」
「ええ、本気です」
 「金の子」である菊王子と「銀の子」のギルベルト。その二人がどんな数奇な巡り合わせか、共にあるこの状況が昨日までいた自分の世界より色鮮やかに見える。
「私もこの国の未来を考えず私腹を肥やすだけの輩を守る日々に嫌気がさしてきましたので。この子が映す未来になにが見えるのか、楽しみです」
 ギルベルトが感じたものがローデリヒにも共感されたのか、はたまたギルベルトと赤子の強烈な姿を最初に目撃したときから頭が飛んでしまっていたのか。
 それでも弱者から平穏を奪い、一部の権力者達だけが安穏をただ享受しているこの現状に比べればこの小さな存在に賭けて見るのも面白いだろう。ローデリヒの唇が上がる。
「あああもうっ!!ローデリヒさんが行くなら私も行かざるを得ないじゃないですか!!騎士が・・・騎士が王族の子育てとか前代未聞ですよ?!そもそもギルベルトの時点でそれどころじゃなかった!!金と銀の運命の子が並ぶとか!!」
 エリザベータの大声に吃驚したのか赤子が泣き出すと、ギルベルトが鬼の形相で彼女を睨みつけるがエリザベータは意にも関せずぶつぶつと唱えている。
「では決まりですね。護衛部隊・・・団の方が宜しいでしょうか。王国へ設立許可の書簡をすぐに作成します。ギルベルト、ペンと書類は何処です?」
 こうなるとエリザベータは長いのでローデリヒは適当に流すことにしていた。誰にもなにも告げずに去った幼なじみは一人でこの王子を護ると決めたのだろう。提出した書類の変更と「第十三王子」ならびに「金の子」のために護衛部隊では心許なく、非常勤の騎士を入れて百人規模の護衛が必要だ。ベルを鳴らして使用人を呼び、蝋印と一式を持ってこさせる。
「ーー・・・・・感謝する」
 泣きやんだ菊をあやしながらギルベルトがぽつりと呟く。
「明日は槍が降らないことを祈ります」
「私はなーんにも聞こえなかったわ」
 幼なじみである自分たち二人になにも告げず一度は去ってしまったこのお馬鹿さんには、これくらい言ってもいいだろう。
 明日から変わる日々を思い描いて、ローデリヒは小さく笑った。


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2018/07/19(木) 09:38 護衛騎士と主君 PERMALINK COM(0)
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